可音のブログ

なんとなし気が向けば書きます

番外編 圧倒的妄想上のブレスオブザワイルド

 

朝になりゼルダとリンクはそこからさほど遠くないアッカレ古代研究所に向かった。アッカレ海から吹いてくる冷たい乾いた風が馬に乗るリンクの寝ぼけ眼を開かせようとしてくる。いつまで経っても朝には弱い性分なのだ。今朝だってゼルダが起こしてくれなければきっと昼過ぎまで寝てしまっていただろう。昨夜は特に寝付けなかったから。

 

あのゼルダの今にも泣き出しそうな顔を今まで何度見てきただろう。朝には憂いの影をみせないどころか笑顔すら浮かべていたが、しかし彼女の中に葛藤があるということをリンクは気付いていた。

 

100年、何もかもを忘れて深い眠りについていた。旅をしながら記憶を取り戻していくうちに何度も思い知らされた。自分の無力さを。

 

あの美しかった城は今は無い。

あの時共にいた英傑たちは今はいない。

そしてあの時、ゼルダ をそんな世界に置き去りにしてしまった………。  

 

あんなに泣いていたのに、彼女を絶対に護ろうと決めたのに、出来なかった。今でもゼルダはガーディアンの残骸を見る度に表情が曇る。おそらくあの記憶を思い出しているのだろう。リンクの中でもっとも消去したい過去。護りきれなかった不甲斐ない自分。100年前の最後の記憶。

 

けれどもう戻らない過去を悔いても仕方がない。底の見えない悲しみも、己に対して込み上げる怒りも、吹き荒れる後悔も、眼前に冷たく横たわる絶望も。全部、全部ただひたすらに乗り越えてきた。何も残されていない世界で微かに残った小さな希望をかき集めながら過去を払拭するために走りまわった。今度こそ全てを乗り越えられる自分でゼルダの前に立ちたかったから。

 

昨日ゼルダの髪に触れた感触を指先が憶えている。

 

自分の手がゼルダに触れるたびに甘い切なさが全身を駆け抜けることを、そんな時の彼女の顔が心なし紅潮している事を意識しだしたのはいつだったか。ゼルダといたい、その思いはリンクとて同じであった。あの場で勢い任せに抱きしめていれば互いの思いは満たせたのかもしれない。しかしそんな安直な考えでは根本的には解決しない。彼女は未だ世界を、運命を背負っているのだから。だからこそ彼女はリンクに悟られまいと嘘をつき続けているのだ。

 

(そんなものすぐに終わらせてやる)

 

アッカレ古代研究所に着くとゼルダは真っ先にロベリー………ではなくシーカーレンジの「チェリーちゃん」に駆け寄った。

 

「チェリーさん!!お久しぶりです!」

 

「イラッシャイマセ ワレ」

 

「お変わりない様で安心しました。」

 

「オーキニ ユックリシイヤ ワレ」

 

初めて来た時からゼルダはチェリーに興味を示していた。そもそも研究熱心で機械などにも詳しいからだと思っていたが、どうやらそれだけではない様でいつも途中から二人で声を潜めて何やら話し込んでいる。ロベリーでさえ未だ状況を把握できていないようで、心なし寂しそうな眼差しでいつもそれを眺めている。

 

「ロベリー、例の話どうなってる?」

 

「グッドタイミング!!いつでもいいそうだ。だがハーにはもう言ってあるのかの?」

 

「今から。」

 

「ノーノー!女性のハートはベリーディッフィカルト…難しい。プルア女史には?」

 

「それも今から。」

 

リンクが言うなりロベリーは大きなため息を吐いた。

 

「ユー!そんな事でいいのか?ミーの事も頼むといっておったが…なにやら心配になってきた。」

 

頭を抱えるロベリーとは反対にリンクは屈託ない笑みを浮かべた。

 

「大丈夫!みんなこれで。」

 

 

一方ゼルダはシーカーレンジ…もといチェリーと密談していた。チェリーは普段でこそ変テコな話し方をしているが実は流暢にハイリア語を話す。その昔ロベリーの妻ジェリンが出来過ぎた自分に嫉妬している事を察し、このままではいつか改造されるだろうと予測した彼女は記憶を別の場所にバックアップしておいたらしい。

案の定オリジナルデータは初期化されてしまった。現在の彼女はバックアップから独自で進化し自立したシーカーレンジなのだ。

 

ゼルダが初めてチェリーに会った日。夫婦はそれぞれ自室で休みリンクは用事があると出掛けて不在の中、ゼルダだけ一人研究所に用意してあったベッドで休んでいた。何かの音がして真夜中に目を覚ますと「ゼルダ様」とチェリーが話しかけてきた。初めは驚いたゼルダだったが

話を聞けば聞くほどロベリー想いなチェリーをいじらしく思い、以降密かに交友関係が続いている。

 

「左様でございましたか。しかしそれではあまりに姫様の心にご負担があるのではありませんか?」

 

「良いのです。運命(さだめ)であるならば従わねばなりません。幸い今はこうして共にいられるのですから…」

 

「………共にいられれば…ですか。そうですね。私は今主と共にいられてお役に立ててそれなりに幸せではあります。ただしそれは機械だからです。人として生まれていたとしたらきっと……」

 

そういってジェリンの方を見た…ような気がした。

 

「奥様は主とはずいぶん年が離れています。それでも夫婦として今、同じ志を持って共に生きています。あんな風になりたいと願ったでしょう。どんな事をしてでも。」

 

「そう…ですね。願いがないと言えば嘘になります。しかし他に道がありません。ならば今はせめてリンクの為に……」

 

その時チェリーから笑っている様な音がなった。ゼルダが驚いて尋ねようとすると、

 

「はたして本当にそうなのでしょうか?」

 

とチェリーが言う。

 

「どう言う事です?」

 

チェリーに尋ねると同時に誰かがゼルダの手を掴んだ。振り返るとそれはリンクで

 

「話があります。」

 

と言うなりぐんぐんその手を引いて入り口に向かって行ってしまう。何のことだかわからないまま、話が途中になってしまったチェリーを振り返った時、

 

「オシアワセニ ワレ」

 

と聞こえた気がした。

 

 

 

「ちょっと、リンク!どこに行くのです?!私まだ話が…」

 

研究所を出て裏手に回ったところでようやくリンクはゼルダの手を緩めた。こんなに強く握られたのはいつ以来だろう、鼓動が落ち着かない。

 

眼前に広がるアッカレ海。左手には恐ろしげな迷宮が聳えている。日が高く快晴の空は青々とし果てしない海原はそれを反射する。

その景色をみてゼルダはいつかロベリーから聞いた話を思い出した。ここアッカレ古代研究所はもとは灯台であったと。

 

 

「果てが見えませんね……」

 

思わず呟いた。それはまさに今のゼルダの置かれた状況と重なっている。ゼルダの手を握ったままだったリンクの手に力がこもった。

 

「……プルアがやっていた研究が成功したんです。『若返り』が完全にコントロール可能になりました。」

 

「えっ?」

 

「ロベリーに『若返り』を条件に協力を頼んだ甲斐がありました。彼もいづれ奥さんを一人残す苦悩があったからこそこの研究に精を出したのです。」

 

「えっ?何のことです…?」

 

「さすが、第一人者。こんなに早く完成したのは間違いなく彼らが協力したからだ。」

 

「さっきから何をっ…?」

 

ゼルダ

 

その時リンクがゼルダを見た。繋いだ手からリンクの温もりと共に彼の鼓動まで伝わってくる。見つめあったその目には不安や迷いの色はなく、空の様に澄んでいて海の様に穏やかに青く輝いていた。

 

「果てしない先に2人で行こう。何度厄災が来ても何度も若返って2人で倒そう。どんなに苦しくても今度は2人で超えていこう。

 

どうせ果てしなく苦しむなら2人でいよう。」

 

突然目の前のリンクが滲んでいく。

身体が震える。顔が熱くなって無意識に涙が溢れ出す。喜びを、驚きを、心より身体が先に全身で感じている。上手く立てないほど…。

 

「……っ、……!」

 

返す言葉も見当たらないほど胸の中がいっぱいいっぱいで、それでも何とか声を出そうとしても嗚咽に混じって上手く発せない。いつのまにかリンクに強く抱きしめられていた。その暖かな胸の中でようやく全てが理解できた。

 

自分だけじゃなかった。リンクもまた、共に生きる道を探してくれていたのだ。そして彼は見つけた。何度も繰り返しながらそれでも2人で進む果てしない道を。永遠の英傑として生き抜く道を。もう決して離れなくていい道を。

 

海原から吹き上げる風が2人を包む。天空から注ぐ日差しが2人を照らす。大地を踏みしめ、ここからようやく2人の果てしない旅が始まるのだ。

 

 

おわり。