可音のブログ

なんとなし気が向けば書きます

圧倒的妄想上の御来屋さん家の事情⑥

犯人は1人月明かりに照らされて様子を伺っている。四畳半の小さな密室で、その時を待って。誰よりもこの邸に詳しい其の者は酷く空腹を覚えていた。もう二週間もキャラメル以外口にしていない。でもそれも今日で最後だ。

今宵は上弦の月。月の満ち欠けに左右された時間旅行ももう終わってしまう。その目的はただ彼女を一目見たかったから。あんなに活き活きと動く彼女を見ることが出来て、もう思い残すことはない。

 

間も無くワープホールが開く。今はただその時を待つだけだ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

久遠は1人布団の中で息を潜めて待っていた。

きっと犯人は今晩もキャラメルを求めてやってくる。そこを取り押さえるのだ。

 

(まだかのぉ……いかん、緊張してきた…!!犯人がもし女ではなく男じゃったら…)

 

その時急に床下からコンコンと音がした。

(!!)

おっかなびっくり、ベッドから這い出る。床下を見ながら(こんな夜更けに一体誰が…。)と思案していると…

 

「僕です。開けてください。」

 

「ぷ、プロデューサー⁈」

 

京太郎の声がして慌ててタイルを外し引き戸を開くと、やはりそこに声の主がいた。

 

「プロデューサー…なんでここに…。」

 

「貴女に全てお話したいのですが、今は時間がない。兎に角急いで上の階の部屋に行きましょう!!」

 

「2階の客間なら既に詳しく調べたぞ?じゃが何も出てこんかったんじゃ。じゃからわしが今…。」

 

「いいから!!早くっ!!」

 

珍しく…というか知る限り始めて声を荒げた京太郎を見て、困惑しつつも従うことにしたその時だった。

 

《ガタンッ!!》

 

頭上から何やら争うような人の声と、何かが倒れたような音がした。あわてて2人は2階に向かう。客間に差し掛かる頃には久遠の耳には争う2人の女の声が明確に聞こえ出した。そのうち1人は確実に久遠が知っている声だった。

 

《暴れない方が身のためよ?さあ、お嬢様に近づいた目的を話しなさい。》

 

《誰ですか貴女!!おばあちゃんの何なんですか!!》

 

京太郎が客間の扉を開くと、其処には馬乗りになって羽交い締めにしている凛音と、凛音に取り押さえられた見知らぬ少女がいた。

鮮やかな青の二尺袖着物に黄檗色の袴を合わせ頭にはうさぎ耳のカチューシャをつけている。

 

彼女は誰なのか?なぜここに凛音が?などと驚いていた久遠の耳に京太郎の声が響いた。

 

「ととちゃん!!来ちゃダメってあれほどいったでしょ!!」

 

ととちゃん?それが彼女の名であろうか?

何故京太郎が彼女を知っているのか?

すると今度は名を呼ばれた少女が返す。

 

「ととはただ…ととはただ…おばあちゃんを一目でいいから見たかったんですよぉっ!!」

 

言うなり、わぁっと泣き出した彼女と京太郎を見比べながら何がどうなっているのかわからない久遠はただただ困惑するしかなかった。

 

ーーーーーーーーーー

客間には役者が揃っていた。皆が丸テーブルを囲むように椅子に座っている。

3時の方向に少女、6時の方向に凛音、9時の方向に久遠、そして12時の方向に京太郎がそれぞれ険しい面持ちで事の真偽を確認しようとしていた。

最初に京太郎が口を開いた。

「色々と説明する前に初対面の方にまず自己紹介をしておきたい。僕は米倉京太郎。今から100年後の異世界から来ていて久遠ちゃんと、それから此処にいる《御来屋 春秋》(みくりや ひととせ)ちゃんを《Vtuber》として活躍させる為のプロデュースをしている者です。ちなみに『化け猫事件』の化け猫にして24歳独身です。宜しく。」

 

京太郎に促されて隣に座っていた少女も自己紹介を始める。

 

「御来屋 春秋っていいます。《とと》とお呼びください。えと…私は異世界じゃないんですけど、今から100年後の世界から来ました。ちなみに『キャラメル事件』の犯人にして14歳、初恋も知らない箱入り娘です。宜しくお願いします。」

 

春秋は泣きはらした赤い目で、それでも久遠と目が合うと花開くような可憐な笑みを浮かべた。

 

2人揃って最後の一行どう考えても必要の無い情報が混じっていたがそんなことより、その笑顔がどうにも見た事がある気がして、一連の事件の犯人であるにも関わらずなぜだか久遠は彼女に嫌悪感を抱けなかった。

 

「気になる事が山積みじゃがまず最初に聞きたいのが、凛音。どうしてうちにおる?」

 

久遠に聞かれて凛音は溜息を一つついた。

 

「貴女には秘密にと大旦那様に言われていたのだけれど仕方がないわね。うちはお祖父様の代から御来屋家の御庭番として仕えているの。基本的には諜報活動を行っているのだけれど私の場合はもっぱら貴女、いえ、《久遠お嬢様》の護衛を任されているわ。」

 

「御庭番⁈護衛⁈聞いとらんぞわしゃ!」

 

「言ってないもの。《久遠お嬢様》が気構えない様にという大旦那様なりのお気遣いよ。」

 

「《久遠お嬢様》って言うのやめい!じゃあなんじゃ?今までも何かしらの活動をしとったのか?」

 

「それは言えないけれど、まあ…ね…。」

 

あいも変わらずその鉄面皮は崩れない。

 

「貴女の身の安全の確保。其れこそが私の使命よ。その為に事の真偽を確かめる必要があると判断し潜入した。」

 

淡々と述べる凛音の顔を信じられない気持ちで見ていた久遠だったが、先程の捕り物劇を見る限り疑いようもなかった。

 

「まさか未来人と異世界人に会うとはおもわなかったけれど、でもこれで貴女が私に隠し事をしていた理由もわかったわ。」

 

久遠に負けず劣らずいやに物分かりの早い凛音に「成る程。」と頷きながら、京太郎が再び口を開いた。

 

「理解が早くて実に有難い。では細かい部分は端折って今回の件について僕から説明しましょう。春秋ちゃん、以降ととちゃんと呼称させて頂くが、彼女と僕が最後に会ったのは二週間前に遡ります。」

 

二週間前というと丁度キャラメルが無くなり出した頃だ。

 

「彼女がとてもお祖母様を慕っていると聞いてついうっかり久遠ちゃんに会ったと話してしまったのです。するとどうしても会いたいと言いだしまして…」

 

そこで春秋が口を挟んだ。

 

「おばあちゃんはととにとって憧れなのです!!優しくて、カッコよくて、聡明で!どうしても、一目でいいから会いたかったのです!

でもプロデューサーが…」

 

「僕は彼女を引き止めた。同じ血筋の者が過去に介入するのは歴史を大きく変えかねないと。《バッ◯トゥーザ◯ューチャーの悲劇》は何とか食い止めなければ◯イケル・D・◯ォックスが…」

 

後半聞き取りづらかったが兎に角祖母に会いたがっている春秋を京太郎は引き止めたらしい。

 

「御来屋家にはある秘密がありましてね。100年単位で《ある奇跡》が起こる家系なのですよ。卯月の《上限の月》と《下弦の月》の時、過去と未来の間にワープホールが開き、100年後の過去と今を行き来出来るのです。この事実は《seeker》と限られた御来屋の者しか知らなかったようで、僕もつい昨日知って驚きました。昨日久遠ちゃんから『キャラメル事件』を聞いてあの時頭上から聞こえた女性の声はととちゃんなのではないかと…彼女はキャラメルが好物でしてね、僕が久遠ちゃんの話をした時期と『キャラメル事件』が起こった時期も被りますし、御来屋家にととちゃんの行方を聞いたら『◯ラえもんと旅行に行ってきます』という書き置きを残して行方知れずだと言うし。《SPC》内で調べ尽くして漸く真実に辿り着いた僕はととちゃんをとっちめるべくこちらに急ぎ赴いたというわけです。」

 

京太郎はそう言ってギロリと春秋を睨んだ。

 

「ううっ…だって、プロデューサーばっかりずるいじゃないですか!!ととだってお婆ちゃんに…」

 

 

「ちょっと待て。さっきから「お婆ちゃんお婆ちゃん」言っとるが、それってわしの事か⁈同じ御来屋を名乗っとるがお主は一体わしの…」

 

困惑している久遠に春秋はにっこりと笑って

 

「ととは貴女の孫ですよ、お婆ちゃん。」

 

と言った。

 

「ま…孫ぉっ!?わしの…孫?キャラメルの犯人って…孫?この女が…わしの…わしの…」

 

「はい。孫です!お婆ちゃん。」

 

「お婆ちゃんって言うなあああああっ!!わしはまだそんな年を取っとらんわいっ!!」

 

「100年という時を超えた感動の再会ね。涙が出そうよ、お婆ちゃん。」と無表情で凛音が言う。

 

「ええ、危険ではあるもののやはり家族愛とは素晴らしいものですね、お婆ちゃん。」と清々しいまでの笑顔で京太郎が言う。

 

「お婆ちゃんってゆーな!わしはまだピチピチの16歳じゃ!!」

 

こうして一連の事件は幕を引いた…わけだが。

 

「それにしてもお主、よく二週間もうちに潜めたものじゃな」

 

久遠が春秋に聞くと、

 

「ととやっちゅーに!…んまあ、それは簡単な事なのですよ。この御来屋邸は多少の改装はしてますが100年後もあって、今は御来屋家所有の別荘になっているのです。小さい頃から何度も来て遊んでいるうちに邸中の《隠し部屋》も《隠し入り口》も全部見つけちゃいました。この二週間は主に《ココ》に隠れていたのですよ。」

 

そういって部屋の奥にある化粧台を動かすとそこには人1人やっと入れるくらいの小さな入り口が現れた。

 

「こんなところにも隠し部屋があったとは…わし、知らんかった。」

 

「ふっふーん!この先の部屋はおばあちゃんの部屋に付いている《隠し部屋》の真上に位置します。あかりは柱状にガラスで出来てる天窓からとっていて夜でも比較的に明るいんですよ!ちなみに、ここから下の《隠し部屋》にも行けちゃうのです!」

 

「なんとっ!!……なるほど。そこを通ってわしの部屋まで人目につかず来れたわけじゃな?

それでわしの常備品を…」

 

「ごめんなさい!!どうしてもお腹が空いていて……。」

 

春秋の腹からぐぅ〜っという音が響いた。

 

「……じゃあととちゃん、帰ろうか?もうすぐワープホールが閉じてしまうよ?」

 

京太郎が優しげに春秋に言った。春秋は少し寂しげな表情を浮かべながら頷いた。

 

 

客間のある2階から久遠の自室がある一階まで踊り場を挟んでくの字に階段があり、踊り場には縦2メートル横1.5メートルくらいの大鏡がある。4人はそこにいた。

 

大鏡は不思議に光っていた。月明かりのようにほんのりと。

 

100年の時を超えるワープホールは今まさに開いている。

春秋と京太郎はその前に立ち久遠と凛音を振り返っていた。

 

「………おばあちゃん。また100年後でね。」

 

瞳に涙を浮かべて久遠に笑いかける春秋を見て漸く、彼女は自分の孫なのだと言うことを思い知らされた。100年後の自分など想像するまでもない。そんな自分をこの孫は恋しがって、危険も顧みず会いに来てくれたのだ。100年の時を超えて、ただ一目久遠を見るために。

 

久遠は何だか堪らなくなって、春秋を抱きしめた。ぎゅーっと強く。「ありがとのぉ。」と言いながら。

春秋はその温もりを忘れないように久遠を抱きしめ返した。ぎゅーっと強く。「えへへ。」と笑いながら。

 

「大丈夫。きっとまた会えますよ。《電脳御来屋邸》はその為に作ったと言っても過言ではありません。僕は貴女達を、そして過去と今とを《繋ぐ者》。これからなのです、貴女達の《未来》は。」

 

京太郎がふわりと微笑む。

その笑顔を見て何故だか本当にまた会えるような気がして、2人は静かに頷いた。

 

光の先に未来がある。

 

ワープホールの向こうに消えていく春秋と京太郎を見ながら久遠はただ、願いにも似たその思いを強く自分に言い聞かせた。