可音のブログ

なんとなし気が向けば書きます

番外編 圧倒的妄想上のブレスオブザワイルド

アッカレ地方は万年紅葉が色づいている。

乾いた風で舞い落ちた枯れ葉がカラカラと音を立て緩やかな傾斜の道なりを転がっていく。

イチカラ村での用を終えたゼルダとリンクは馬に乗って一路アッカレ古代研究所を目指していた。

 

100年前に起こった厄災の残した爪痕は未だに各地に残っている。リンクと旅をしながら夥しい朽ちた残骸を見る度にかつての繁栄を目蓋の裏で思い出しゼルダの胸は痛んだ。特にどこに行っても目につくガーディアンの残骸は当時その遺跡発掘に携わっていただけにゼルダの胸を深く抉った。恐ろしい記憶を否応なく思い出してしまう。不甲斐ない自分の姿とともに…。

 

しかし無情にも時間は不可逆でそうして落ち込んでばかりもいられない。せめて今自分に出来る事をしたいと、そうリンクに言うといくつか案を挙げてくれた。

 

そのうちの一つが建物の再建でその工事をイチカラ村のエノキダに発注してはどうかというもの。再建に必要な資材は今や廃城となっているハイラル城から持っていっていいと言うとエノキダは快く承諾してくれた。イチカラ村を出てアッカレ古代研究所に向かった理由はガーディアンの再利用の仕方について相談するためだ。特に飛行型のガーディアンは改良次第で移動用に使えるのでは無いかと密かに思っている。

 

先行くリンクに続いて馬を走らせながらゼルダの心は複雑だった。以前リンクとアッカレを訪れた時は絶望ばかりが胸に張り付いていた。力の泉の女神像の前で、目醒める兆しもない力に憤りを感じて吐いても仕方のない弱音をリンクに吐き出してしまった事がまるで昨日の事の様に思い出される。あの時無言でこちらを見ていたリンクと、今自分に道筋を示してくれている彼とは同じようでどこか違う。共に旅をしながらもそう感じる事がよくあった。

 

ゾーラでもゴロンでもゲルドでもリトでも彼は英雄で、でもそれだけではない事がシドやユン坊やルージュやテバとの接し方でわかった。ずっと前から戦友であったような親しさがそこにあってリンクの顔には普段あまり見せない笑顔が浮かんでいた。町のあちこちで声がかかって、「今度は小生と一緒に雷獣山から飛び込もう」とか「ど根性崖上りまたきてゴロ」とか「砂ざらしラリー見事だったよ」とか「まだ君の鳥人間チャレンジを打ち破ったヤツはいないよ」とか…みんなが親しげにリンクの肩を叩きながら笑うとリンクも笑いながらそれに応える。以前ならばゼルダの前でそんな姿を見せる事は無かった。常に傍に控えてこちらの様子を伺っているだけで。

 

「すっかり夕方になりましたね。」

 とゼルダが声をかけると

「じゃあ、ヒガッカレ馬宿に立ち寄りましょうか。腹も減ったし。」

 とリンクが返す。

 

相変わらず口数は少ない。それでも前ほど畏まった堅い返事では無い。

程なくして2人は馬宿に到着した。着くなり馬を預けたリンクが「俺、食材取ってくるんで貴女は待ってて下さい」と言う。

 

「きのこくらいなら私にも採れます。」

 

「いや、この辺はたまに猪が出るし危ないんで待ってて下さい。」

 

「でもっ…」

 

「いいから。ここにいて下さい。」

 

砕けた敬語でしかし有無も言わせずゼルダを制し、軽い身のこなしであっという間に何処かへ行ってしまった。あんな風にゼルダに意見する事も敬語を崩す事も100年前のリンクなら有り得ない事だった。

記憶を取り戻したとはいっても2人の関係性が以前の状態に戻るわけでは無い。そもそも国が機能していないのでもう姫でもなければ近衛騎士でもない。厄災を倒した今、巫女と勇者の役目も終え共にいる理由すらない。

それでも何とは無しに一緒に旅をしている。

 

ガノンを倒した後最初に向かったのはカカリコ村だった。久々にインパに挨拶がしたいと言ったゼルダにリンクは当たり前の様について来てくれた。その時はまだ目覚めたばかりのゼルダの身を案じて仕方なくついて来たんだとばかり思っていた。でもその後もなんだかんだ理由を付けてリンクはゼルダの後に付いてくる。

義務だと思っているそぶりは無い。ただそれが当然の事の様に。

 

ゼルダは内心リンクがそうしてくれることが嬉しかった。1人旅が心細いと言う理由だけではない。100年前のあの日、自分の目の前でリンクの命の火は消えかかっていた。あの時強く焼き付いた感情が今もまだゼルダの胸の中にある。

 

失いたく無い。この人だけは絶対に。

 

 

「只今帰りました。」

 

ぼんやり考え込んでいたゼルダの顔を覗き込む様に、リンクの顔がそこにあった。ゼルダはおどろいて「わああああっ!」と声を上げた。

 

「……食材持って来ましたよ。」

「……あ…ありがとうございます。」

 

食材を受け取ったゼルダの顔をマジマジとリンクが見てくる。ゼルダ自身は確認する事は出来ないけれど、おそらく今頬と耳がとてつもない速度で紅く染まっている。最近になってこんな風にリンクがいたづらな一面を見せる事が増えてきて、その度にゼルダの心臓は忙しなく乱れる。はぁ…っと一つ深い息をついてうるさい心臓をひと撫でし、料理にとりかかる。

 

正直、調理に関してはリンクの方が上だ。けれど、頼ってばかりの自分では嫌だとゼルダも果敢に料理に挑む。時々…いや良く失敗してしまう。

今日も失敗してしまった。ビリビリダケの調理法は難しく、失敗すると口の中に静電気の様な衝撃が走る。痛さに顔をしかめながら何とか飲み込み、

 

「また、失敗してしまいました。ごめんなさい。」

と謝ると、何食わぬ顔でむしゃむしゃ食べながら

 

「うまいですよ。」

 

という。そうしてペロリと平らげて、しょんぼりしているゼルダの頭を優しく一撫でした。

リンクの暖かい手の温度が伝わってくる。

 

胸がキュッと苦しくなる。

 

何とか絞り出すように「次はもっと頑張ります。」というのが精一杯だった。

目を逸らしていてもわかる。

労わるような優しい…けれどそれに紛れて観察するような…見透かすようなリンクの視線。

 

(悟らないで、どうか。)

 

胸の内に潜む願望を知られてしまったが最期。

二人でいる事は出来なくなってしまう。いくら厄災を封じたとはいえ、役目を終えたとはいえ、叶うことなどない夢を何度も何度も見た。

溢れ出す衝動を何度も何度も殺した。こうしている間にも膨らんでいく思いを、選べない選択肢を、けれどどうしても……捨てられない。

 

100年前に滅んだ王国だ。とうの昔に死んでいたような2人だ。誰もどうなっても咎めたりしないだろう。けれど血が…どうしてもこの血が交わってはならないと言う。女神と勇者の血を途絶えさせても交わらせてもならないと。

 

(残酷な呪いみたい。)

王家の姫として生まれて、誰にも頼れずに甘えられずに、運命(さだめ)に振り回されて生きて……あの時、初めて知った。リンクを護りたいと強く願った。100年待っている間もひたすら押し殺して今ようやく全て終えてこうして隣にいて、護ってもらえて……100年前に芽生えた思いが大きくなっているのに。

いずれ別々の路を行かねばならない。その事実は変えられない。

 

そんな事、わかっていたはずだ。

 

「大丈夫ですか?どこか…」

 

ゼルダ のそんな思考が顔に出てしまっていたのだろうか。リンクが心配した面持ちで聞いてくる。急いで取り繕った笑みを浮かべながら

 

「大丈夫ですよ。…ビリビリダケの刺激が強かったみたいです。」

 

と答えた。

一瞬、リンクの表情が歪んだ。ゼルダはその顔を見て見ぬフリをして、

 

「お水貰ってきますね。」

 

とその場を離れた。

 

共にある事を望むのならば、こんな風に揺らいではいけない。どんなに胸が痛くても叶わぬ願いに苦しもうとも気づかないフリをして見て見ぬフリをして、いずれくる別れまでせめて彼のために自分が出来ることをしたい。

 

水を注いでリンクの元に帰ろうとした時、独り言が聞こえた。

 

「何が大丈夫だ。あんな顔して…。」

 

苦しそうに押し殺した声で呟いている。急激に胸が苦しくなる。もしかしたらリンクも同じような思いを抱えているのかもしれないと思う瞬間は何度もあった。その度、気づかぬフリをするしかなかった。

 

乾いた風がゼルダの瞳に浮かんだ涙をさらうように通り過ぎていく。女神ハイリヤが自分と同じく勇者と共に戦った数多の《ゼルダ 》が(泣かないで)と拭ってくれたような気がした。

 

そうだ。ゼルダとして生まれて良かった。例えばもし生まれた世界や時代が違ったら、虫や獣として生まれていたらこんな苦悩は無かっただろう。けれど代わりにリンクの為に何もしてあげられなかった。今世だから、私だから出来る事があるはずだ。

 

サヨナラの時が来たその時に一編の悔いも残らぬ様にしてあげられる全てを注いで、奇跡の様な今を笑顔で過ごそう。

 

涙の乾いた顔に笑みを貼りつけて、ゼルダはリンクの元に戻っていった。