可音のブログ

なんとなし気が向けば書きます

哀しき暴論

人として尊敬や興味といった好意を持っている相手がいた。

分類するならしずかな体育館に響く凛としたピアノの音色だとか、春先にひんやりと漂う洗いたての朝の空気だとか、そういったものに近い。感覚的に本能的に気に入っているそれらを出会う度に当たり前に愛でるようにただ一方的に好ましく思っていた。人として親しくなりたいという思いはあっても、とりたてて自分から何かするという事もなく平穏な日常を過ごしていた。それで良かったし、まもなく終局を迎える己の内なる華など自分ですら興味を持てなかった。

 

ある日ふと相手のピントが自分に合わせられている事を告げられた。ただしそれは「女」というフィルター越しに、である。当然ピントは合わない。かの人は今まさに衝動や情愛や情欲を

欲する真っ只中にいて、その照準が今私に合わせられているのだ。他でも無い私に。

 

こんな時、皆さんならどういう選択をするのだろうか。「恋愛に興味がない」と突っぱねるだろうか。それとも「ラッキー!」と手放しで喜ぶのだろうか。

 

私は一瞬「残念だ。」と思った。もちろん嬉しい気持ちも高揚感も遅ればせながら怒涛の勢いで押し寄せてきたけれど。

それから自らが彼のピントに合わせにいった。

ピンボケは気持ち悪い。ピントが合うのは気持ちがいい。人間的に普遍的な好意であるそれを内側に押し込んで、恋愛的な好意を向けているのだと告げる。すると彼のレンズは妖しい輝きをもって私をその中におさめつづける。予めシャッターはきれない、写真にはならないと告げてもレンズ越しの瞳は熱の籠もったままひたすらに私を見る。角度を変えれば喜び、沢山の嬉しい言葉を浴びせてくれる。その度に私の中の好意はその色を変えて刹那と欲情の色を濃くする。

 

こんな話の結末なんて見なくてもわかるはずだ。始まりからすべてわかっているのだから。

恋愛にもならないのに互いのピントだけが合い続ける。なんて事はない。

いつしか相手に合わせたピントは戻すことが困難になった。相手のレンズがこちらを向かなくなっても…。

 

わかっていた。だから「残念だ。」と感じたのだ。もう私の願いは叶わない。「カメラを下ろした彼とただの人として仲良くありたい」という願いは。「今すぐにシャッターがきれる人」を探す彼の瞳は見つけられたのだろうか。正しい相手を。ピントを合わせるべき相手を。

 

世の中には女の華は死ぬまで枯れぬといった強く美しい精神を持ち常に己を磨き続けている尊敬すべき先輩達が五万といるのに、私にはその精神は全く芽生えなかった。間も無く訪れると感じていた女としての死はかの経験により虚しく惨めに私の目の前に叩きつけられた。私は己の華の潮時を40までと位置づけそれまでにすべき支度に取り掛かった。華である時期にはどうしても他人から自分に向けられる価値基準が「女として」どうであるかに設定されているように思えてならなかった。美しさやスタイルやセクシーさや…挙げれば枚挙にいとまが無い。しかしてこれらの価値を持続させる為に労力を割く考えが自分に無く、かつ平凡以上でいたいという考えもあって終焉を迎える女性性に代わる何かを他で補う必要があった。創作活動自体は以前から行っていたが自分の中でただの趣味だったそれをライフワークにしていこうと思った背景にはそうした一種の憂いがあった。

 

残りわずかな時間で突如として訪れた恋は私にいろんな感情をくれた。「いい歳して」と咎めないで頂きたい。終わりゆく中でピントをずらされたまま、それでも巡り来る季節の色や匂いのように私は愛でている。

 

いいじゃないか、たった一度の人生なんだし。

 

いいじゃないか、全部お互い様なんだし。

 

いいじゃないか、もう私は終わるんだから。

 

いいじゃないか、楽しかったことだけ。

 

シャッターきれなくても、写真にならなくても、貴方がだれかと幸せになっても

 

いいじゃないか、それを見てるくらい。

 

伝染2

みんなは私をどう思っているんだろうとか

可音というキャラクターとか

大切にしていたけれど

 

 

本筋がブレまくる事が多くて

気苦労が絶えなくて

終わりが見えないので

 

決めました。

 

私が伝えたいのは可音ではない。

御来屋久遠、春秋、なるせさん、何よりセナさんが素晴らしいという事を伝えたいのですよ。

 

私のパーソナルは無色透明でいい。

 

創作物やアイデアだけでいい。

 

伝染させたいのはそれだけ。

 

番外編 圧倒的妄想上のブレスオブザワイルド

 

朝になりゼルダとリンクはそこからさほど遠くないアッカレ古代研究所に向かった。アッカレ海から吹いてくる冷たい乾いた風が馬に乗るリンクの寝ぼけ眼を開かせようとしてくる。いつまで経っても朝には弱い性分なのだ。今朝だってゼルダが起こしてくれなければきっと昼過ぎまで寝てしまっていただろう。昨夜は特に寝付けなかったから。

 

あのゼルダの今にも泣き出しそうな顔を今まで何度見てきただろう。朝には憂いの影をみせないどころか笑顔すら浮かべていたが、しかし彼女の中に葛藤があるということをリンクは気付いていた。

 

100年、何もかもを忘れて深い眠りについていた。旅をしながら記憶を取り戻していくうちに何度も思い知らされた。自分の無力さを。

 

あの美しかった城は今は無い。

あの時共にいた英傑たちは今はいない。

そしてあの時、ゼルダ をそんな世界に置き去りにしてしまった………。  

 

あんなに泣いていたのに、彼女を絶対に護ろうと決めたのに、出来なかった。今でもゼルダはガーディアンの残骸を見る度に表情が曇る。おそらくあの記憶を思い出しているのだろう。リンクの中でもっとも消去したい過去。護りきれなかった不甲斐ない自分。100年前の最後の記憶。

 

けれどもう戻らない過去を悔いても仕方がない。底の見えない悲しみも、己に対して込み上げる怒りも、吹き荒れる後悔も、眼前に冷たく横たわる絶望も。全部、全部ただひたすらに乗り越えてきた。何も残されていない世界で微かに残った小さな希望をかき集めながら過去を払拭するために走りまわった。今度こそ全てを乗り越えられる自分でゼルダの前に立ちたかったから。

 

昨日ゼルダの髪に触れた感触を指先が憶えている。

 

自分の手がゼルダに触れるたびに甘い切なさが全身を駆け抜けることを、そんな時の彼女の顔が心なし紅潮している事を意識しだしたのはいつだったか。ゼルダといたい、その思いはリンクとて同じであった。あの場で勢い任せに抱きしめていれば互いの思いは満たせたのかもしれない。しかしそんな安直な考えでは根本的には解決しない。彼女は未だ世界を、運命を背負っているのだから。だからこそ彼女はリンクに悟られまいと嘘をつき続けているのだ。

 

(そんなものすぐに終わらせてやる)

 

アッカレ古代研究所に着くとゼルダは真っ先にロベリー………ではなくシーカーレンジの「チェリーちゃん」に駆け寄った。

 

「チェリーさん!!お久しぶりです!」

 

「イラッシャイマセ ワレ」

 

「お変わりない様で安心しました。」

 

「オーキニ ユックリシイヤ ワレ」

 

初めて来た時からゼルダはチェリーに興味を示していた。そもそも研究熱心で機械などにも詳しいからだと思っていたが、どうやらそれだけではない様でいつも途中から二人で声を潜めて何やら話し込んでいる。ロベリーでさえ未だ状況を把握できていないようで、心なし寂しそうな眼差しでいつもそれを眺めている。

 

「ロベリー、例の話どうなってる?」

 

「グッドタイミング!!いつでもいいそうだ。だがハーにはもう言ってあるのかの?」

 

「今から。」

 

「ノーノー!女性のハートはベリーディッフィカルト…難しい。プルア女史には?」

 

「それも今から。」

 

リンクが言うなりロベリーは大きなため息を吐いた。

 

「ユー!そんな事でいいのか?ミーの事も頼むといっておったが…なにやら心配になってきた。」

 

頭を抱えるロベリーとは反対にリンクは屈託ない笑みを浮かべた。

 

「大丈夫!みんなこれで。」

 

 

一方ゼルダはシーカーレンジ…もといチェリーと密談していた。チェリーは普段でこそ変テコな話し方をしているが実は流暢にハイリア語を話す。その昔ロベリーの妻ジェリンが出来過ぎた自分に嫉妬している事を察し、このままではいつか改造されるだろうと予測した彼女は記憶を別の場所にバックアップしておいたらしい。

案の定オリジナルデータは初期化されてしまった。現在の彼女はバックアップから独自で進化し自立したシーカーレンジなのだ。

 

ゼルダが初めてチェリーに会った日。夫婦はそれぞれ自室で休みリンクは用事があると出掛けて不在の中、ゼルダだけ一人研究所に用意してあったベッドで休んでいた。何かの音がして真夜中に目を覚ますと「ゼルダ様」とチェリーが話しかけてきた。初めは驚いたゼルダだったが

話を聞けば聞くほどロベリー想いなチェリーをいじらしく思い、以降密かに交友関係が続いている。

 

「左様でございましたか。しかしそれではあまりに姫様の心にご負担があるのではありませんか?」

 

「良いのです。運命(さだめ)であるならば従わねばなりません。幸い今はこうして共にいられるのですから…」

 

「………共にいられれば…ですか。そうですね。私は今主と共にいられてお役に立ててそれなりに幸せではあります。ただしそれは機械だからです。人として生まれていたとしたらきっと……」

 

そういってジェリンの方を見た…ような気がした。

 

「奥様は主とはずいぶん年が離れています。それでも夫婦として今、同じ志を持って共に生きています。あんな風になりたいと願ったでしょう。どんな事をしてでも。」

 

「そう…ですね。願いがないと言えば嘘になります。しかし他に道がありません。ならば今はせめてリンクの為に……」

 

その時チェリーから笑っている様な音がなった。ゼルダが驚いて尋ねようとすると、

 

「はたして本当にそうなのでしょうか?」

 

とチェリーが言う。

 

「どう言う事です?」

 

チェリーに尋ねると同時に誰かがゼルダの手を掴んだ。振り返るとそれはリンクで

 

「話があります。」

 

と言うなりぐんぐんその手を引いて入り口に向かって行ってしまう。何のことだかわからないまま、話が途中になってしまったチェリーを振り返った時、

 

「オシアワセニ ワレ」

 

と聞こえた気がした。

 

 

 

「ちょっと、リンク!どこに行くのです?!私まだ話が…」

 

研究所を出て裏手に回ったところでようやくリンクはゼルダの手を緩めた。こんなに強く握られたのはいつ以来だろう、鼓動が落ち着かない。

 

眼前に広がるアッカレ海。左手には恐ろしげな迷宮が聳えている。日が高く快晴の空は青々とし果てしない海原はそれを反射する。

その景色をみてゼルダはいつかロベリーから聞いた話を思い出した。ここアッカレ古代研究所はもとは灯台であったと。

 

 

「果てが見えませんね……」

 

思わず呟いた。それはまさに今のゼルダの置かれた状況と重なっている。ゼルダの手を握ったままだったリンクの手に力がこもった。

 

「……プルアがやっていた研究が成功したんです。『若返り』が完全にコントロール可能になりました。」

 

「えっ?」

 

「ロベリーに『若返り』を条件に協力を頼んだ甲斐がありました。彼もいづれ奥さんを一人残す苦悩があったからこそこの研究に精を出したのです。」

 

「えっ?何のことです…?」

 

「さすが、第一人者。こんなに早く完成したのは間違いなく彼らが協力したからだ。」

 

「さっきから何をっ…?」

 

ゼルダ

 

その時リンクがゼルダを見た。繋いだ手からリンクの温もりと共に彼の鼓動まで伝わってくる。見つめあったその目には不安や迷いの色はなく、空の様に澄んでいて海の様に穏やかに青く輝いていた。

 

「果てしない先に2人で行こう。何度厄災が来ても何度も若返って2人で倒そう。どんなに苦しくても今度は2人で超えていこう。

 

どうせ果てしなく苦しむなら2人でいよう。」

 

突然目の前のリンクが滲んでいく。

身体が震える。顔が熱くなって無意識に涙が溢れ出す。喜びを、驚きを、心より身体が先に全身で感じている。上手く立てないほど…。

 

「……っ、……!」

 

返す言葉も見当たらないほど胸の中がいっぱいいっぱいで、それでも何とか声を出そうとしても嗚咽に混じって上手く発せない。いつのまにかリンクに強く抱きしめられていた。その暖かな胸の中でようやく全てが理解できた。

 

自分だけじゃなかった。リンクもまた、共に生きる道を探してくれていたのだ。そして彼は見つけた。何度も繰り返しながらそれでも2人で進む果てしない道を。永遠の英傑として生き抜く道を。もう決して離れなくていい道を。

 

海原から吹き上げる風が2人を包む。天空から注ぐ日差しが2人を照らす。大地を踏みしめ、ここからようやく2人の果てしない旅が始まるのだ。

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番外編 圧倒的妄想上のブレスオブザワイルド

アッカレ地方は万年紅葉が色づいている。

乾いた風で舞い落ちた枯れ葉がカラカラと音を立て緩やかな傾斜の道なりを転がっていく。

イチカラ村での用を終えたゼルダとリンクは馬に乗って一路アッカレ古代研究所を目指していた。

 

100年前に起こった厄災の残した爪痕は未だに各地に残っている。リンクと旅をしながら夥しい朽ちた残骸を見る度にかつての繁栄を目蓋の裏で思い出しゼルダの胸は痛んだ。特にどこに行っても目につくガーディアンの残骸は当時その遺跡発掘に携わっていただけにゼルダの胸を深く抉った。恐ろしい記憶を否応なく思い出してしまう。不甲斐ない自分の姿とともに…。

 

しかし無情にも時間は不可逆でそうして落ち込んでばかりもいられない。せめて今自分に出来る事をしたいと、そうリンクに言うといくつか案を挙げてくれた。

 

そのうちの一つが建物の再建でその工事をイチカラ村のエノキダに発注してはどうかというもの。再建に必要な資材は今や廃城となっているハイラル城から持っていっていいと言うとエノキダは快く承諾してくれた。イチカラ村を出てアッカレ古代研究所に向かった理由はガーディアンの再利用の仕方について相談するためだ。特に飛行型のガーディアンは改良次第で移動用に使えるのでは無いかと密かに思っている。

 

先行くリンクに続いて馬を走らせながらゼルダの心は複雑だった。以前リンクとアッカレを訪れた時は絶望ばかりが胸に張り付いていた。力の泉の女神像の前で、目醒める兆しもない力に憤りを感じて吐いても仕方のない弱音をリンクに吐き出してしまった事がまるで昨日の事の様に思い出される。あの時無言でこちらを見ていたリンクと、今自分に道筋を示してくれている彼とは同じようでどこか違う。共に旅をしながらもそう感じる事がよくあった。

 

ゾーラでもゴロンでもゲルドでもリトでも彼は英雄で、でもそれだけではない事がシドやユン坊やルージュやテバとの接し方でわかった。ずっと前から戦友であったような親しさがそこにあってリンクの顔には普段あまり見せない笑顔が浮かんでいた。町のあちこちで声がかかって、「今度は小生と一緒に雷獣山から飛び込もう」とか「ど根性崖上りまたきてゴロ」とか「砂ざらしラリー見事だったよ」とか「まだ君の鳥人間チャレンジを打ち破ったヤツはいないよ」とか…みんなが親しげにリンクの肩を叩きながら笑うとリンクも笑いながらそれに応える。以前ならばゼルダの前でそんな姿を見せる事は無かった。常に傍に控えてこちらの様子を伺っているだけで。

 

「すっかり夕方になりましたね。」

 とゼルダが声をかけると

「じゃあ、ヒガッカレ馬宿に立ち寄りましょうか。腹も減ったし。」

 とリンクが返す。

 

相変わらず口数は少ない。それでも前ほど畏まった堅い返事では無い。

程なくして2人は馬宿に到着した。着くなり馬を預けたリンクが「俺、食材取ってくるんで貴女は待ってて下さい」と言う。

 

「きのこくらいなら私にも採れます。」

 

「いや、この辺はたまに猪が出るし危ないんで待ってて下さい。」

 

「でもっ…」

 

「いいから。ここにいて下さい。」

 

砕けた敬語でしかし有無も言わせずゼルダを制し、軽い身のこなしであっという間に何処かへ行ってしまった。あんな風にゼルダに意見する事も敬語を崩す事も100年前のリンクなら有り得ない事だった。

記憶を取り戻したとはいっても2人の関係性が以前の状態に戻るわけでは無い。そもそも国が機能していないのでもう姫でもなければ近衛騎士でもない。厄災を倒した今、巫女と勇者の役目も終え共にいる理由すらない。

それでも何とは無しに一緒に旅をしている。

 

ガノンを倒した後最初に向かったのはカカリコ村だった。久々にインパに挨拶がしたいと言ったゼルダにリンクは当たり前の様について来てくれた。その時はまだ目覚めたばかりのゼルダの身を案じて仕方なくついて来たんだとばかり思っていた。でもその後もなんだかんだ理由を付けてリンクはゼルダの後に付いてくる。

義務だと思っているそぶりは無い。ただそれが当然の事の様に。

 

ゼルダは内心リンクがそうしてくれることが嬉しかった。1人旅が心細いと言う理由だけではない。100年前のあの日、自分の目の前でリンクの命の火は消えかかっていた。あの時強く焼き付いた感情が今もまだゼルダの胸の中にある。

 

失いたく無い。この人だけは絶対に。

 

 

「只今帰りました。」

 

ぼんやり考え込んでいたゼルダの顔を覗き込む様に、リンクの顔がそこにあった。ゼルダはおどろいて「わああああっ!」と声を上げた。

 

「……食材持って来ましたよ。」

「……あ…ありがとうございます。」

 

食材を受け取ったゼルダの顔をマジマジとリンクが見てくる。ゼルダ自身は確認する事は出来ないけれど、おそらく今頬と耳がとてつもない速度で紅く染まっている。最近になってこんな風にリンクがいたづらな一面を見せる事が増えてきて、その度にゼルダの心臓は忙しなく乱れる。はぁ…っと一つ深い息をついてうるさい心臓をひと撫でし、料理にとりかかる。

 

正直、調理に関してはリンクの方が上だ。けれど、頼ってばかりの自分では嫌だとゼルダも果敢に料理に挑む。時々…いや良く失敗してしまう。

今日も失敗してしまった。ビリビリダケの調理法は難しく、失敗すると口の中に静電気の様な衝撃が走る。痛さに顔をしかめながら何とか飲み込み、

 

「また、失敗してしまいました。ごめんなさい。」

と謝ると、何食わぬ顔でむしゃむしゃ食べながら

 

「うまいですよ。」

 

という。そうしてペロリと平らげて、しょんぼりしているゼルダの頭を優しく一撫でした。

リンクの暖かい手の温度が伝わってくる。

 

胸がキュッと苦しくなる。

 

何とか絞り出すように「次はもっと頑張ります。」というのが精一杯だった。

目を逸らしていてもわかる。

労わるような優しい…けれどそれに紛れて観察するような…見透かすようなリンクの視線。

 

(悟らないで、どうか。)

 

胸の内に潜む願望を知られてしまったが最期。

二人でいる事は出来なくなってしまう。いくら厄災を封じたとはいえ、役目を終えたとはいえ、叶うことなどない夢を何度も何度も見た。

溢れ出す衝動を何度も何度も殺した。こうしている間にも膨らんでいく思いを、選べない選択肢を、けれどどうしても……捨てられない。

 

100年前に滅んだ王国だ。とうの昔に死んでいたような2人だ。誰もどうなっても咎めたりしないだろう。けれど血が…どうしてもこの血が交わってはならないと言う。女神と勇者の血を途絶えさせても交わらせてもならないと。

 

(残酷な呪いみたい。)

王家の姫として生まれて、誰にも頼れずに甘えられずに、運命(さだめ)に振り回されて生きて……あの時、初めて知った。リンクを護りたいと強く願った。100年待っている間もひたすら押し殺して今ようやく全て終えてこうして隣にいて、護ってもらえて……100年前に芽生えた思いが大きくなっているのに。

いずれ別々の路を行かねばならない。その事実は変えられない。

 

そんな事、わかっていたはずだ。

 

「大丈夫ですか?どこか…」

 

ゼルダ のそんな思考が顔に出てしまっていたのだろうか。リンクが心配した面持ちで聞いてくる。急いで取り繕った笑みを浮かべながら

 

「大丈夫ですよ。…ビリビリダケの刺激が強かったみたいです。」

 

と答えた。

一瞬、リンクの表情が歪んだ。ゼルダはその顔を見て見ぬフリをして、

 

「お水貰ってきますね。」

 

とその場を離れた。

 

共にある事を望むのならば、こんな風に揺らいではいけない。どんなに胸が痛くても叶わぬ願いに苦しもうとも気づかないフリをして見て見ぬフリをして、いずれくる別れまでせめて彼のために自分が出来ることをしたい。

 

水を注いでリンクの元に帰ろうとした時、独り言が聞こえた。

 

「何が大丈夫だ。あんな顔して…。」

 

苦しそうに押し殺した声で呟いている。急激に胸が苦しくなる。もしかしたらリンクも同じような思いを抱えているのかもしれないと思う瞬間は何度もあった。その度、気づかぬフリをするしかなかった。

 

乾いた風がゼルダの瞳に浮かんだ涙をさらうように通り過ぎていく。女神ハイリヤが自分と同じく勇者と共に戦った数多の《ゼルダ 》が(泣かないで)と拭ってくれたような気がした。

 

そうだ。ゼルダとして生まれて良かった。例えばもし生まれた世界や時代が違ったら、虫や獣として生まれていたらこんな苦悩は無かっただろう。けれど代わりにリンクの為に何もしてあげられなかった。今世だから、私だから出来る事があるはずだ。

 

サヨナラの時が来たその時に一編の悔いも残らぬ様にしてあげられる全てを注いで、奇跡の様な今を笑顔で過ごそう。

 

涙の乾いた顔に笑みを貼りつけて、ゼルダはリンクの元に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圧倒的妄想上の御来屋さん家の事情⑥

犯人は1人月明かりに照らされて様子を伺っている。四畳半の小さな密室で、その時を待って。誰よりもこの邸に詳しい其の者は酷く空腹を覚えていた。もう二週間もキャラメル以外口にしていない。でもそれも今日で最後だ。

今宵は上弦の月。月の満ち欠けに左右された時間旅行ももう終わってしまう。その目的はただ彼女を一目見たかったから。あんなに活き活きと動く彼女を見ることが出来て、もう思い残すことはない。

 

間も無くワープホールが開く。今はただその時を待つだけだ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

久遠は1人布団の中で息を潜めて待っていた。

きっと犯人は今晩もキャラメルを求めてやってくる。そこを取り押さえるのだ。

 

(まだかのぉ……いかん、緊張してきた…!!犯人がもし女ではなく男じゃったら…)

 

その時急に床下からコンコンと音がした。

(!!)

おっかなびっくり、ベッドから這い出る。床下を見ながら(こんな夜更けに一体誰が…。)と思案していると…

 

「僕です。開けてください。」

 

「ぷ、プロデューサー⁈」

 

京太郎の声がして慌ててタイルを外し引き戸を開くと、やはりそこに声の主がいた。

 

「プロデューサー…なんでここに…。」

 

「貴女に全てお話したいのですが、今は時間がない。兎に角急いで上の階の部屋に行きましょう!!」

 

「2階の客間なら既に詳しく調べたぞ?じゃが何も出てこんかったんじゃ。じゃからわしが今…。」

 

「いいから!!早くっ!!」

 

珍しく…というか知る限り始めて声を荒げた京太郎を見て、困惑しつつも従うことにしたその時だった。

 

《ガタンッ!!》

 

頭上から何やら争うような人の声と、何かが倒れたような音がした。あわてて2人は2階に向かう。客間に差し掛かる頃には久遠の耳には争う2人の女の声が明確に聞こえ出した。そのうち1人は確実に久遠が知っている声だった。

 

《暴れない方が身のためよ?さあ、お嬢様に近づいた目的を話しなさい。》

 

《誰ですか貴女!!おばあちゃんの何なんですか!!》

 

京太郎が客間の扉を開くと、其処には馬乗りになって羽交い締めにしている凛音と、凛音に取り押さえられた見知らぬ少女がいた。

鮮やかな青の二尺袖着物に黄檗色の袴を合わせ頭にはうさぎ耳のカチューシャをつけている。

 

彼女は誰なのか?なぜここに凛音が?などと驚いていた久遠の耳に京太郎の声が響いた。

 

「ととちゃん!!来ちゃダメってあれほどいったでしょ!!」

 

ととちゃん?それが彼女の名であろうか?

何故京太郎が彼女を知っているのか?

すると今度は名を呼ばれた少女が返す。

 

「ととはただ…ととはただ…おばあちゃんを一目でいいから見たかったんですよぉっ!!」

 

言うなり、わぁっと泣き出した彼女と京太郎を見比べながら何がどうなっているのかわからない久遠はただただ困惑するしかなかった。

 

ーーーーーーーーーー

客間には役者が揃っていた。皆が丸テーブルを囲むように椅子に座っている。

3時の方向に少女、6時の方向に凛音、9時の方向に久遠、そして12時の方向に京太郎がそれぞれ険しい面持ちで事の真偽を確認しようとしていた。

最初に京太郎が口を開いた。

「色々と説明する前に初対面の方にまず自己紹介をしておきたい。僕は米倉京太郎。今から100年後の異世界から来ていて久遠ちゃんと、それから此処にいる《御来屋 春秋》(みくりや ひととせ)ちゃんを《Vtuber》として活躍させる為のプロデュースをしている者です。ちなみに『化け猫事件』の化け猫にして24歳独身です。宜しく。」

 

京太郎に促されて隣に座っていた少女も自己紹介を始める。

 

「御来屋 春秋っていいます。《とと》とお呼びください。えと…私は異世界じゃないんですけど、今から100年後の世界から来ました。ちなみに『キャラメル事件』の犯人にして14歳、初恋も知らない箱入り娘です。宜しくお願いします。」

 

春秋は泣きはらした赤い目で、それでも久遠と目が合うと花開くような可憐な笑みを浮かべた。

 

2人揃って最後の一行どう考えても必要の無い情報が混じっていたがそんなことより、その笑顔がどうにも見た事がある気がして、一連の事件の犯人であるにも関わらずなぜだか久遠は彼女に嫌悪感を抱けなかった。

 

「気になる事が山積みじゃがまず最初に聞きたいのが、凛音。どうしてうちにおる?」

 

久遠に聞かれて凛音は溜息を一つついた。

 

「貴女には秘密にと大旦那様に言われていたのだけれど仕方がないわね。うちはお祖父様の代から御来屋家の御庭番として仕えているの。基本的には諜報活動を行っているのだけれど私の場合はもっぱら貴女、いえ、《久遠お嬢様》の護衛を任されているわ。」

 

「御庭番⁈護衛⁈聞いとらんぞわしゃ!」

 

「言ってないもの。《久遠お嬢様》が気構えない様にという大旦那様なりのお気遣いよ。」

 

「《久遠お嬢様》って言うのやめい!じゃあなんじゃ?今までも何かしらの活動をしとったのか?」

 

「それは言えないけれど、まあ…ね…。」

 

あいも変わらずその鉄面皮は崩れない。

 

「貴女の身の安全の確保。其れこそが私の使命よ。その為に事の真偽を確かめる必要があると判断し潜入した。」

 

淡々と述べる凛音の顔を信じられない気持ちで見ていた久遠だったが、先程の捕り物劇を見る限り疑いようもなかった。

 

「まさか未来人と異世界人に会うとはおもわなかったけれど、でもこれで貴女が私に隠し事をしていた理由もわかったわ。」

 

久遠に負けず劣らずいやに物分かりの早い凛音に「成る程。」と頷きながら、京太郎が再び口を開いた。

 

「理解が早くて実に有難い。では細かい部分は端折って今回の件について僕から説明しましょう。春秋ちゃん、以降ととちゃんと呼称させて頂くが、彼女と僕が最後に会ったのは二週間前に遡ります。」

 

二週間前というと丁度キャラメルが無くなり出した頃だ。

 

「彼女がとてもお祖母様を慕っていると聞いてついうっかり久遠ちゃんに会ったと話してしまったのです。するとどうしても会いたいと言いだしまして…」

 

そこで春秋が口を挟んだ。

 

「おばあちゃんはととにとって憧れなのです!!優しくて、カッコよくて、聡明で!どうしても、一目でいいから会いたかったのです!

でもプロデューサーが…」

 

「僕は彼女を引き止めた。同じ血筋の者が過去に介入するのは歴史を大きく変えかねないと。《バッ◯トゥーザ◯ューチャーの悲劇》は何とか食い止めなければ◯イケル・D・◯ォックスが…」

 

後半聞き取りづらかったが兎に角祖母に会いたがっている春秋を京太郎は引き止めたらしい。

 

「御来屋家にはある秘密がありましてね。100年単位で《ある奇跡》が起こる家系なのですよ。卯月の《上限の月》と《下弦の月》の時、過去と未来の間にワープホールが開き、100年後の過去と今を行き来出来るのです。この事実は《seeker》と限られた御来屋の者しか知らなかったようで、僕もつい昨日知って驚きました。昨日久遠ちゃんから『キャラメル事件』を聞いてあの時頭上から聞こえた女性の声はととちゃんなのではないかと…彼女はキャラメルが好物でしてね、僕が久遠ちゃんの話をした時期と『キャラメル事件』が起こった時期も被りますし、御来屋家にととちゃんの行方を聞いたら『◯ラえもんと旅行に行ってきます』という書き置きを残して行方知れずだと言うし。《SPC》内で調べ尽くして漸く真実に辿り着いた僕はととちゃんをとっちめるべくこちらに急ぎ赴いたというわけです。」

 

京太郎はそう言ってギロリと春秋を睨んだ。

 

「ううっ…だって、プロデューサーばっかりずるいじゃないですか!!ととだってお婆ちゃんに…」

 

 

「ちょっと待て。さっきから「お婆ちゃんお婆ちゃん」言っとるが、それってわしの事か⁈同じ御来屋を名乗っとるがお主は一体わしの…」

 

困惑している久遠に春秋はにっこりと笑って

 

「ととは貴女の孫ですよ、お婆ちゃん。」

 

と言った。

 

「ま…孫ぉっ!?わしの…孫?キャラメルの犯人って…孫?この女が…わしの…わしの…」

 

「はい。孫です!お婆ちゃん。」

 

「お婆ちゃんって言うなあああああっ!!わしはまだそんな年を取っとらんわいっ!!」

 

「100年という時を超えた感動の再会ね。涙が出そうよ、お婆ちゃん。」と無表情で凛音が言う。

 

「ええ、危険ではあるもののやはり家族愛とは素晴らしいものですね、お婆ちゃん。」と清々しいまでの笑顔で京太郎が言う。

 

「お婆ちゃんってゆーな!わしはまだピチピチの16歳じゃ!!」

 

こうして一連の事件は幕を引いた…わけだが。

 

「それにしてもお主、よく二週間もうちに潜めたものじゃな」

 

久遠が春秋に聞くと、

 

「ととやっちゅーに!…んまあ、それは簡単な事なのですよ。この御来屋邸は多少の改装はしてますが100年後もあって、今は御来屋家所有の別荘になっているのです。小さい頃から何度も来て遊んでいるうちに邸中の《隠し部屋》も《隠し入り口》も全部見つけちゃいました。この二週間は主に《ココ》に隠れていたのですよ。」

 

そういって部屋の奥にある化粧台を動かすとそこには人1人やっと入れるくらいの小さな入り口が現れた。

 

「こんなところにも隠し部屋があったとは…わし、知らんかった。」

 

「ふっふーん!この先の部屋はおばあちゃんの部屋に付いている《隠し部屋》の真上に位置します。あかりは柱状にガラスで出来てる天窓からとっていて夜でも比較的に明るいんですよ!ちなみに、ここから下の《隠し部屋》にも行けちゃうのです!」

 

「なんとっ!!……なるほど。そこを通ってわしの部屋まで人目につかず来れたわけじゃな?

それでわしの常備品を…」

 

「ごめんなさい!!どうしてもお腹が空いていて……。」

 

春秋の腹からぐぅ〜っという音が響いた。

 

「……じゃあととちゃん、帰ろうか?もうすぐワープホールが閉じてしまうよ?」

 

京太郎が優しげに春秋に言った。春秋は少し寂しげな表情を浮かべながら頷いた。

 

 

客間のある2階から久遠の自室がある一階まで踊り場を挟んでくの字に階段があり、踊り場には縦2メートル横1.5メートルくらいの大鏡がある。4人はそこにいた。

 

大鏡は不思議に光っていた。月明かりのようにほんのりと。

 

100年の時を超えるワープホールは今まさに開いている。

春秋と京太郎はその前に立ち久遠と凛音を振り返っていた。

 

「………おばあちゃん。また100年後でね。」

 

瞳に涙を浮かべて久遠に笑いかける春秋を見て漸く、彼女は自分の孫なのだと言うことを思い知らされた。100年後の自分など想像するまでもない。そんな自分をこの孫は恋しがって、危険も顧みず会いに来てくれたのだ。100年の時を超えて、ただ一目久遠を見るために。

 

久遠は何だか堪らなくなって、春秋を抱きしめた。ぎゅーっと強く。「ありがとのぉ。」と言いながら。

春秋はその温もりを忘れないように久遠を抱きしめ返した。ぎゅーっと強く。「えへへ。」と笑いながら。

 

「大丈夫。きっとまた会えますよ。《電脳御来屋邸》はその為に作ったと言っても過言ではありません。僕は貴女達を、そして過去と今とを《繋ぐ者》。これからなのです、貴女達の《未来》は。」

 

京太郎がふわりと微笑む。

その笑顔を見て何故だか本当にまた会えるような気がして、2人は静かに頷いた。

 

光の先に未来がある。

 

ワープホールの向こうに消えていく春秋と京太郎を見ながら久遠はただ、願いにも似たその思いを強く自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圧倒的妄想上の御来屋さん家の事情⑤

朝、違和感を感じて目が覚めた。

 

昨夜なかなか寝付けなかったせいか頭が重い。

ベッドから起き上がりながら寝ぼけたまま、違和感の正体を探った。

しかし回転していない脳でいくら考えても埒があかず、仕方なく久遠はベッドから出た。

 

時計を確認する。今日は学校がある。

時刻は……7時半…………。

 

………ん?……7時半…?

 

「…………7時半じゃとっ⁉️いかんっ‼️遅刻じゃっ‼️」

 

久遠は寝ぼけ眼を擦り慌てて準備に取り掛かった。

 

ー数分後ー

 

「行ってきまーすっ‼️」

 

飛び出すように家を出ると門の前に待ち人1人。

高い位置に髪を一纏めに結った少女が自転車に跨っている。

 

「おはよう‼️凛音(りんね)‼️先に行ってて良かったのに。」

 

「おはよう、久遠。遅刻するわ。後ろに乗って。」

 

いつもの様に無表情で淡々とそう告げる凛音の申し出を有り難く受け自転車の後ろに跨る。

 

「つかまって。飛ばすわよ。」

 

言うが早いか自転車がまるでエンジンでも付いているかの様な速さで爆走し始めた。とはいえ特別な仕掛けなどない。久遠とは幼少期からご近所のよしみで親しくしていたこの凛音という少女が、ただ無表情に、座ったまま、汗ひとつかかず、猛スピードでこいでいるだけなのだ。

その間、凛音の長いポニーテールがしばしば顔面に張り付いたり口に入りそうになったりしたが、久遠は口をキュッと結びしがみついているのがやっとだった。

通常久遠と凛音は40分かけて歩いて通学する。

だが、今日は自転車と言えども早すぎるわずか5分で学校に到着した。どうやら遅刻は免れたようだ。

 

「着いたわ。」

 

「し…死ぬかと思った…。」

 

寝起きの久遠には鼻呼吸だけで過ごす高速二人乗りは呼吸困難を伴う危険なひと時だった。

ラクラと目眩をおぼえる久遠とは反対に凛音はその名の通り凛として涼しげな表情だ。

 

「では行きましょうか。始業ベルまであと3分を切っているわ。」

 

「…ちょ…まっ…」

 

「それとひとつ気になっていたのだけれど。」

 

今にも走り出さんとしていた凛音が未だ呼吸の整わない久遠を振り返って言った。

 

 

「貴女、太腿のキャラメルどうしたの?」

 

 

久遠が席に着いたと同時に始業ベルがなった。

担任の男性教諭が入ってきて出欠をとりはじめる。

久遠は1人教室の左側最後尾の席で思案していた。

 

今朝感じた違和感の正体は正しく太腿のキャラメルが無い事に対して感じたものだった。常備品であり、と同時に物心付いた時からの習慣で装備していたそれはもはや久遠の一部と化していたのだ。

 

(昨夜寝る前には確かにあったのに…)

 

そう彼女は入浴時以外、寝ている間さえそれを外すことは無い。

 

(キャラメル事件の犯人の仕業?でも何故わざわざわしの常備品を…わしが寝ている間に忍びこんで?…)

久遠は想像して背筋が凍りついた。

 

「…くりや。御来屋?御来屋久遠!」

 

「!!っはいっ!?」

 

「春だからって寝ぼけていないでシャキッとしなさい。」

 

(そうだった。今は出席確認中だった。失念失念。)

 

そう反省したものの、それから昼休みまでの間その事が脳裏にちらつき久遠は悩まされ続けた。

 

ー昼休みー

 

「かくかくしかじかイトウヨーカドーサトウココノカドー」

 

「成る程、つまり今御来屋邸では4つ事件が起きているわけね?一つはかの学園新聞にも取り上げられた「化け猫事件」もう一つは一週間前貴女からきいた「キャラメル紛失事件」さらに今しがた初めてきいた「謎の女の声」それと今朝発覚した「常備キャラメル紛失事件」」

 

慌てて家を出た為、昼食を持ってこられなかった久遠に自身が持参したおそらく手作りであろうおにぎりを1つ渡しながら凛音が確認する。

 

「怖いじゃろ?怖いじゃろ?もうわしあの部屋で寝るの嫌じゃ!!」

 

ぷるぷる震えつつパクリっとおにぎりを一口頬張りながら久遠は答えた。本音を言えば微妙に違う。京太郎の件と《隠し部屋》の件を伏せているからだ。その為声を聞いたのは自分で、聞こえたのは自室の上の方からと説明したのだった。

 

「妙…ね。貴女何か隠し事してるわね。」

 

どんな時でも変わらない表情は、こういう時やけに冷たく恐ろしく見える。見透かされているような気分になって、久遠は無自覚に半音上がった声で答えた。

 

「何が…じゃ?わしが凛音に隠し事する理由なぞなかろ……」

 

「では何故、同じ頃起こった「女の声」の話を今まで私に隠していたの?」

 

大袈裟かもしれないが、喉元に短剣を突きつけられたような錯覚をおぼえた。

 

「それは…あの日は「化け猫事件」もあったし混乱していて、女の声も気のせいなのかもしれないと思って…。」

 

「それだけじゃないわ。その化け猫事件も私が知ったのは学園新聞に載っていたものを読んだから。同時期に起こった3つの事件のうち1つしか話さないのはどう考えても不自然…違う?」 

 

「…凛音を…心配させたくなくて。ほら!一度に話すと不安になるじゃろ?じゃから…」

 

「耳…ピクピクしてるわ。貴女が嘘をつく時の癖ね。」

 

「!!」

 

「良いわ。話したくない事を無理に聞いたりはしない。色々大変そうだけれど気をつけてね。」

 

相変わらず表情は読めないけれど、その目が一瞬鋭く光った様な気がした。

 

帰宅後、少し落ち着こうとテラスにてティータイムを楽しみながら女中の茜と話していた久遠はある話をきいてギョッとした。

 

「厨房の棚を鍵付きに変えたじゃと?」

 

「はい。奥様が大変気味悪がられて…。それで昨日注文していた棚が届いたので今は鍵付きなのです。お陰様で今朝確認したらキャラメルは消えていませんでした。私達もとりあえずホッとして…ネズミの仕業だったのかしら?なんて話していたのですよ。」

 

流石、良家の出自である母はこういう時仕事が早い。家具にしろ服にしろ電話一本で駆けつける顔馴染みが多いのだ。

 

(それにしても…鍵付きに変えていたとは…)

 

これで今朝の事件の説明がつく。

つまり、昨夜またキャラメルをくすねようと厨房に忍び込んだ犯人は棚に鍵がかかっていた為盗むに盗めず、とうとう久遠のなけなしの常備品に手を出した…と。

 

(そこまでするか?普通…)

 

「あ、それとお嬢様。客間ってお使いになりましたか?」

 

客間とはお客人が来た時に応接する為の部屋の事で、御来屋邸では主に宿泊用として用意されている。久遠の部屋がある棟の2階に2部屋あり、普段は使われていない。

 

「いや?使っとらんが?」

 

「そうですよね。失礼致しました。実は今朝客間に清掃に入ろうとしたら既にかぎが開いてまして。一応聞くように奥様に言われたのでお伺いしました。客間の清掃は二週間に一度となっておりまして、一体いつから開いていたのかわからないのです。」

 

それを聞いて久遠はいよいよ確信した。

キャラメル事件と女の声と今朝の出来事は繋がっていると。幽霊か何かだと思っていた女は本当にいて、今も客間の何処かに潜んでいる。そしてその女がキャラメル事件の犯人である。

 

(実証せにゃならんな。今夜全てを明らかにしてやる‼️)

 

久遠は密かにそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

圧倒的妄想上の御来屋さん家の事情④

久遠が京太郎と再び連絡が取れたのは「御来屋邸化け猫事件」から丁度一週間後、卯月の中頃であった。

 

あの夜、京太郎は一応簡単な調整を終わらせる事には成功したらしく以前よりは少しだけ久遠にもわかる仕様にはなっていた。

とはいえ不慣れな操作に手こずり、試行錯誤した末にようやく辿り着けたのだ。

 

《電脳御来屋邸談話室にログインしますか?》

 

「えーっと………《はい》っと…。」

 

《御来屋久遠さんがログインしました。》

 

『こんにちは。ようやく入れました。宜しくお願い致します。』

 

《米倉京太郎さんがログインしました。》

 

『おおっ!久遠さん!入られたのですね^_^

宜しくお願い致します。』

 

『早速聞きたいことがあるのじゃが。』

 

『あの晩の事ですね。貴女が厨房に向かったあと…』

 

あの晩、久遠が厨房に向かった後京太郎は早速作業に取り掛かった。

《改良型全搭載パーソナルコンピューター》通称《SPC》。《seeker》という未来型通信機器を作る集団が作ったとされる現代のオーパーツ。いつ、どうやって造られたのかは不明で現存するのは僅か3台だと言われている。

その性能は驚くべきものでバッテリーや容量は無限、あらゆる空間で使用でき《SPC》同士なら時空や次元、世界すら跨いで通信出来るという。

とはいえ操作は普通のPCと大差なく、京太郎の作業も難解なものではなかった。久遠をこの電脳空間にスムーズに誘導する為に手を加えただけだ。あと30分も作業すれば完了するだろうと思われたその時、「ありっ?」という声とガタゴトと何かを動かす音が聞こえたという。

 

『声…?』

 

『はい。若い女性の声でした。私のすぐ上の方から聞こえてきました。』

 

『すぐ上⁉️何故そんな所から……それで確認したのですか?』

 

『いえ。』

 

『何故じゃ?もしかしたら泥棒かもしれぬし。』

 

『あんな暗がりの中、やろうと思えば確認する事も出来たでしょう。しかしてそれで何かわかるのか?否でしょう。』

 

『いやっ、でも一応確認するじゃろ普通。』

 

『普通なんて言葉に流されない漢で、僕はありたい。』

 

『……もしかして怖くて確認しないまま逃げたとか……?』

 

『…………』

 

『ヘタレ…』

 

『僕が本棚を動かした音を女中さんが聞きつけたみたいで、ドアが開いたので急いで窓から出たのです。「誰っ!」という声が聞こえたので、機転を利かせて猫の声真似をしました。そのままこちらに帰ってきましたが、その後問題ありませんでしたか?』

 

『早口でまくし立ててもヘタレは消えんぞ。

それに、問題ありまくりじゃ!あの後噂が噂を呼び、先日なぞ遂に学園新聞編集者なる奴が押しかけてきたんじゃぞ!「御来屋邸は化け猫屋敷」だとかなんとか…。』

 

『笑笑』

 

『なんじゃそれ、腹立つのぉ。』

 

『まあしかし、僕がいたという事はバレてないのですから良しとしましょう。ただ、気になるのはあの女性の声です。』

 

『……確かにのぉ。気になるといえば実は…』

 

久遠はキャラメルが突如として消えた件を京太郎に話した。

 

『成る程…それは不可解ですね…。ふむ…。』

 

『同一人物じゃろか?それとも…物の怪……?幽霊……?』

 

『今はわかりませんね。今も貴女の頭上にいるかもしれませんしね…。』

 

『嫌じゃあああああああっ!』

 

《隠し部屋》で薄明かりの中京太郎とやり取りしていた久遠は恐る恐る上を見た。

物音も人の声も聞こえないが、気味が悪くて仕方ない。

 

『すみません(笑)話を変えましょう。自己紹介の件ですが、名乗り口上を考えまして。』

 

『ほぉっ!どんな?!』

 

『大正昭和を股にかけ平成の暮れにやってきた傾奇者!圧倒的100年前の女。その名も久遠。御来屋久遠。』

 

『ふーむ…。』

 

 

『どうでしょう?』

 

『ピンとこんのぉ…。昭和って何じゃ?』

 

『平成の一つ前の元号で語呂合わせみたいなものですよ。』

 

『成る程のぉ。傾奇者ってのは何じゃ?踊るんかの?』

 

『お任せしますよ。ひとまず来週またそちらに台本を渡しに行きますのでその折にまた。』

 

京太郎とのやり取りを終え、久遠は《SPC》を閉じた。

途端、例の女の声の話を思い出し急いで自室に戻る。布団に潜りながら久遠はここ数日の目まぐるしい出来事を思い返していた。

 

進み出したVtuber計画。

 

未だ続いているキャラメル事件。

 

そして謎の女の声。

 

久遠は今まさに転換期の只中にいた。

 

そしてその翌日、さらなる事件に巻き込まれる事を久遠はまだ知る由もなかった。